不登校の子をもつ親御さんの涙を、これまで何度見てきただろう。
面談をしていると、お母さんが涙を流されることがよくある。
中には、話し始めた瞬間から涙が止まらなくなる方もいる。
それだけ、日々たくさん悩み、考え、弱音も吐かずに、一人で抱えてきたことが伝わってくる。
僕が見てきた涙は例外なく、すべてが辛く、切ない涙だった。
後悔。
不安。
孤立感。
「私のせいかもしれない」という自分を責める気持ち。
そのすべてが、小さな画面越しにあふれてくる。
けれど、数か月後。
ふと、こんな連絡が届くことがある。
「先生、合格しました!」
「先生、行けましたよ!」
「先生、叶いました!」
そのとき、きっとお母さんは、うれし涙を流しているんだと思う。
でも、僕はその涙を見たことがない。
僕が目にするのは、いつも苦しい涙ばかりで、うれし涙は想像することしかできない。
それでも画面の向こうに、その笑顔を思い浮かべながら、僕もそっと涙を浮かべる。
不登校は、できるなら、ならない人生の方が楽なのかもしれない。
でも、不登校になったからこそ出会えた人がいる。
不登校になったからこそ生まれた気づきがある。
不登校になったからこそ、家族の関係が変わった人もいる。
そして、不登校になったからこそ流した、うれし涙がある。
一緒に歩んできた日々も、
一緒に戦っている今も、
それはあなたとその子の、大切な大切な人生の1ページ。
流した汗と、流した涙の分だけ、
その時間は、ちゃんと胸に刻まれていく。


